『模倣犯』を読んで宮部みゆきに言いたい。この小説で無駄に長いは…

模倣犯


著者:宮部みゆき
出版社:新潮社
出版年月日:2005/11/26
ページ数:2535
ISBN-10:4101369240

模倣犯』を読みました。前回読んだ『孤島の鬼』があまりにも面白かったので、推理小説を続けて読もうと思い、「推理小説」で検索すると、ミステリー作家で宮部みゆきが結構ヒットして、そう言えば宮部みゆきは大学時代に『火車』を読んだ以来、何も読んだことないよなぁって思って映画やドラマで名前の知っていた『模倣犯』を選びました。

まさか『模倣犯』がここまで長いとは…。しかし、不思議なもので読み始めると止まらなくて、最後の方なんか読み終えてしまうのがなんとなく残念な気さえしてきました。現在はものすごい喪失感や虚無感が襲ってきております。

でもやっぱり長いよなぁ…。

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10秒でわかる『模倣犯』のストーリーのまとめ

公園のゴミ箱から発見された女性の右腕とハンドバッグ。第一発見者は奇しくも過去に家族を皆殺しにされ一人悩む少年。孫娘を殺された老人や復活を夢見るフリーのルポライター、デスクを担当する刑事など犯人を追う側の視点と、犯人とされる蕎麦屋の息子と同級生のヒロミ、そして同じ同級生のピースと呼ばれる男による犯人側の視点など様々な登場人物を色濃く描いた群像劇タイプのミステリー。

もし、あなたに喫茶店で『模倣犯』ってどんな本?あらすじは?と聞かれたなら…

野口明人
この本は一言で言えば、タイトルがキモの推理小説なんだ。ミステリーと言っても沢山タイプはあると思う。例えばアガサ・クリスティの『そして誰もいなくなった』みたいにシンプルに犯人は誰かを明かさずにその犯人を推理させるものや、逆に『古畑任三郎』みたいに犯人を最初に明かしてしまって、どのように犯人までたどり着くかを楽しむもの。プーさんの作者のA・A・ミルンが書いた『赤い館の秘密』のような犯人はだいたいわかっているけど、その犯行トリックを推理させるものなんてのもあるよね。
野口明人
だけど、この宮部みゆきは『火車』の時もビックリしたけど、小説のタイトルがひとつの謎のようなミステリーなんだ。…いや、「なんだ」と言ってもまだこの人の作品二つしか読んだ事無いから他のはわからないけど、『火車』も『模倣犯』も両方最後まで読んでやっとタイトルの意味がわかった系のミステリーだった。
野口明人
『火車』の時なんて、「ひぐるま?かしゃ?なんて読むの?」って感じで手にとって、そのタイトルから勝手に妖怪が出てきそうなホラーなのかな?と思って読み始めて、いつ妖怪が出て来るんだ?一体これのどこがホラーなんだ?なんて思いつつ、最後に『火車』の意味がわかった時なんて、マジかよ!!すげーなこれ!そういう意味だったのか!だったもんね。まぁ、まだ『火車』を読んでなかったら悪いからネタバレはしないけど、すげーんだよ。うん。
野口明人
今回もさ『模倣犯』なんてタイトルだったから、アニメ『攻殻機動隊』の笑い男事件みたいに、最初は笑い男の犯行だったけど、それを利用した他の誰かが後の犯行を行っている的な、そういう話だと思ったわけ。最初の女性の右手が切断されてゴミ箱から発見されたなんて結構ショッキングな事件だったからさ、それを真似した複数による猟奇的殺人が各所で起こるのかなぁ…なんて。と、止められない。この現象を…的な。
野口明人
でも読み進めていくと、全然違うの。全然違うけど、内容が面白いからどんどん読み進めて行っちゃってさ、後半が始まるとすぐに犯人側からの視点が始まって犯人がわかっちゃうんだけど、真犯人は他にもいるんでしょ?とか勝手に思って最後まで読み進めていったら本当に最後の最後でタイトルの意味がわかるっていうね。すげーな、おい!こういう意味だったのかよ!って部屋で叫んだもんね!…親が心配して部屋見に来たけどね!(笑)
野口明人
だからさ、ぜひこの作品は大いにタイトルを見て、どういう作品か想像してから読んでもらいたい。タイトルをキモにするってすごいよな。タイトルって本当に大事だもんね。そのタイトルを見て面白そうだなとか、中身想像したりするじゃん?逆にどれだけ中身が素晴らしものだとしてもタイトルが下手なものだと手に取らずにスルーしちゃったりするもん、本屋さんで。だから『火車』に比べて『模倣犯』ってちょっと弱い気はしてた。
野口明人
『火車』の時は表紙の絵もさ、おどろおどろしい暗い赤を使ってて、タイトルもタイトルだったから「な、なにこれ。こ、こわい」っていうお化け屋敷的な、怖い。で、でも見てみたいって衝動がすごかった。だから手に取ったわけ。大学生の僕は。生協で見かけてね。完全にジャケ買い。ドストエフスキーとか芥川みたいな近代小説ばっか読んでた僕は、宮部みゆきなんて知らんかったし。
野口明人
なのに今回の『模倣犯』は単行本の表紙がへんちくりんな少年が体育座りしている絵なの。文庫化された後も、なんか無難な表紙に『模倣犯』って書かれたものだったから、多分本屋で見かけてもスルーしてた部類に入る本だったかもしれない。
野口明人
まぁ、でもやっぱり映画化されたりドラマ化されたりでメディアミックスがすごかったからね。僕は両方とも見てなかったけど、タイトルだけは知ってて宮部みゆき読もうって思った時に一番最初に浮かんだのが中居くんの顔だったからっていう理由で読んだんだよね。
野口明人
理由で読んだと言えば、『理由』っていうのも宮部みゆき書いてるけど、どうなんだろ。これはタイトルとしてはだいぶ弱いと思うんだけど、この二つ読んじゃったからまたもや最後にビックリする系のタイトルなのかな。でもまぁ、『理由』って言われると推理小説にすごくマッチしている単語だからなぁ。Wikipediaで調べた限りだと、そのままの意味っぽいよな。だから、宮部みゆき=タイトルミステリーってわけでもないのかもしれない。僕がたまたま最初に読んだ二冊だけがそうなのかも。僕も宮部みゆきの作品を他にも読んでみようと思ったけど、もし先に読んだら教えてね。
野口明人
ところでさ、この本、すげえぇーーーーーーーーーーーー長いんだよ。その理由がさ、登場してくる人物ほぼ全てにちゃんとストーリーがついてくるから。僕、ずっと思ってたんだよね。映画とかでさ、あっさり死んじゃう脇役とかモブの人とかいるじゃん?登場して10分もしないうちに死んじゃったりして。でも、あーゆー人にも、ちゃんと産んでくれた親がいて、少年時代があって、恋をして、家族がいて、人生があったんだよな。それなのに何の説明もなくあっさり死んじゃうんだよなぁ。本当にあっさり。映画やドラマって人、死にすぎだよなぁって。
野口明人
でもこの作品を読んで思ったね。作品としてその全てに焦点をあててしまうと、ものすごい長さになるんだなって。2時間や3時間の決まった尺のある映画じゃ、それをすべて描いてたらストーリーもクソも無くなっちゃうんだなって。だから、作品としては仕方がないのかもしれない。僕が望んでいる形は設定資料の中にとどめておくべきなのかもしれないって。
野口明人
ただし、本ではそれが出来るんだよね。映画やドラマのように受動態で受け入れる媒体じゃなくて、自分でページめくって自分のペースで読み進めていける媒体だからこそ、どれだけ長くても本当に面白いならそれが可能になる。…ま、だからと言ってすべての本で登場人物すべての人生を紹介されたら“作品”としてはまとまらなくなっちゃうと思うんだけど。だからこそ宮部みゆきは、すげーって思ったね。ここまで大小様々な視点で書いておきながら飽きさせないんだから。
野口明人
もちろんAmazonのレビューにはもっと短くまとめるべきだって意見の人もいたけど、僕はこういう作品がたまにはあってもいいと思ったよ。作品として芸術として時には“見せない”って事も必要なのかもしれないけど、“見せて”もなお面白く最後まで読めちゃったわけだから。
野口明人
でもまぁ、あれだ。全部見せてくれるからこそ、ひとつの殺人で心がグラグラに揺さぶられて、時には胸糞悪い気分にもなった。無残、悲惨という言葉の意味を理解したというか、酷すぎるというか。被害者に感情移入しちゃってね。映画でいちいちこんな感情になってたら、たしかに本筋に集中できないかも。だから本で良かった。
野口明人
逆に言えば、この作品はそこがいい所であって、これが映画化されてドラマ化されているわけじゃん?小説を読み終わった後にドラマを見てみたんだけど、Wikipediaに内容は原作をほぼ忠実に再現しているとか書かれていたにも関わらず、僕にはぽかーんだったよ。映画の方は、忠実と言われてたドラマがぽかーんだったからもうがっかりしたくないから、すぐには観ない。評価すげー低いし。原作と違うらしいし。なぜか犯人爆発するらしいし。爆発なんて一回も出てこないのに。特撮かよ(笑)
野口明人
ドラマに話戻すけど、たしかに小説の時代背景のままでやったら矛盾が生まれて来ちゃうからちょっとした変更も仕方ないとは思ったけど、それを省いたとして、全然忠実じゃないと感じちゃったね。この小説の面白い所はそこじゃない。そこじゃないんだ!なんでそこを省くんだ。なぜ、小説で感動した最後の演説部分ですらこんなあっさりさらうだけなんだ…。このドラマ観て、小説読みてー!ってならんだろ。くそう…。ってなった。もし僕が作者だったら、Twitterですげー愚痴ってたかもしれない。炎上承知で。
野口明人
だから、そもそもこんなに長い作品をドラマ前後編2時間2本じゃ描き出せなかったんだよ。せめてワンクール使ってやるべきだった。ま、ドラマの評価すげー高いんだけどさ。原作読んじゃうとどうしてもね。ドラマを先に観てたら面白かったのかもしれない。でも、原作を先に読んじゃってたから僕にはもっと原作の面白さを伝えてほしかった。原作を読んだ人も楽しめるドラマにしてほしかった。ピースが僕のイメージと全然違う。孫娘を殺されたおじいちゃんがそんな事言わないっていう事を言っちゃう。演技は素晴らしいって声が多かったけど、僕はそっちの方が気になって入り込めなかった。
野口明人
む、む、む。この脚本書いたの誰やー!!って思って調べたら、このドラマでシナリオ作家教会菊島隆三賞受賞してやんの。僕の感覚がおかしいんだろうね。きっと。ぜひ、もう一度ワンクールでやってもらいたい。4時間ではなく15時間ぐらい使ってやってくれ。と切に思う。なんだったら土下座する勢い。いやしないけど。
野口明人
あ。ついつい熱くなってしまった。ごめんごめん。長くなってしまったが、ちょろっとあらすじを紹介するとしよう。
野口明人
東京都墨田区の大川公園って所で、塚田少年は犬の散歩中、ゴミ箱から出てきた女性の切断された右腕を発見してしまう。この塚田くんは一家惨殺事件の唯一の生き残りで、その事件の発端が彼がうっかり口を滑らせてしまった一言から始まったことだったから、その事でずっと自分を責め続けて生きている。女性の右手の指が塚田くんを指していて、お前のせいだって言っているような気がしたりしてね。
野口明人
その女性の右腕と一緒にハンドバッグも出てきて、そこから出てきた定期券に名前が書いてあって、古川鞠子という女性のものだってことだったんだけど、犯人がテレビ局に電話してきて、右腕とハンドバッグの持ち主は別人のものだーなんて言ってね。古川鞠子は失踪届が出されていたんだけど、母親と父親は離婚寸前の状態で父親は別の女性作って出てってしまった所だった。だからハンドバッグが発見された時は母親とその父、つまり古川鞠子のおじいちゃんが警察にハンドバッグの確認しにいってね。
野口明人
警察にまた無神経なやつがいてさ、失踪届を出した辺りから精神不安定になってた母親がその場にいるにも関わらず、犯人からテレビ局に犯行を匂わす電話がありました。ハンドバッグは古川鞠子のものだが、右腕は古川鞠子のものじゃない。というのを聞いて一応の安堵を得て浮かれていた母親に、古川鞠子は別の所に埋めてあるって言葉を伝えちゃうんだよね。それで完全に心が壊れてしまった母親は、フラフラっと外に出ていってしまって、トラックにひかれちゃうの。それからはずっと病院で、代わりに祖父の有馬義男がこの事件をなぞっていくことになる。
野口明人
このじいちゃん、お豆腐屋さんをやっていて、まぁよくいう職人気質っていうの?しっかりとした芯を持っている人でさ、すげー魅力的なんだよ。僕は登場人物の中で一番好きだった。このじいちゃんが最後に犯人に言う演説はもう胸熱だった。多分、この小説の中でページめくるスピードが一番早かったのがそこじゃないかな。ページ早くめくりすぎて本が燃えてたもんね。指ヤケドしたもん。
野口明人
冗談はさておき、犯人は愉快犯のようなもので、自分の犯行をいちいちメディアなどを使って流してくるんだよ。その反応を観て楽しんでるの。有馬義男の元にも電話がかかって来てさ、有馬義男はまだ娘の死体は発見されてないから、もしかしたらまだ生きているかもしれないと思って、その犯人の言いなりに動いて、その反応を観てまた犯人は楽しむの。
野口明人
でも、有馬義男は常に冷静で、この後何度もメディアに登場する犯人の声から、犯人は二人いるんじゃないか?って見破る。んで、まぁ、色々あってその後も女性の死体が発見されたりするんだけど、ある日男性二人組が車に死体を積んで、事故死するんだ。それで警察はこの二人が犯人だと思うわけ。なんだこのあっけない幕切れは、と。
野口明人
犯人の名前は栗橋浩美と高井和明。それで前半部は終わり。後半はこの二人組の視点から始まるんだけど、フリールポライターの前畑滋子はこの事件を雑誌に投稿して一躍時の人になる。なぜ二人はこんな猟奇的殺人をしたのかっていうルポでね。
野口明人
でも実際は、高井和明の方は犯人じゃなくて、犯行を行っていたのは栗橋浩美とピースと呼ばれる男でね。このピースは完璧人間でさ、頭も良くて、高井和明の妹を利用して、高井和明は本当は犯人じゃないんだ!なんていい始めて、大衆を味方につけてね。栗橋浩美と高井和明を犯人だと決めつけてルポを書いていた前畑滋子は一気に大衆から見放される。
野口明人
それからは、前畑滋子の落ちぶれ具合とかピースとの戦いとか、有馬義男とか塚田少年とか色々とまぁ絡み合って、進んでいくわけだよ。すげー長い小説だからあらすじざっとさらったけど、この作品の魅力は全然伝わんないだろうなぁ。とにかくすげーんだ。被害者の家族の悲惨さとか、加害者側の家族の悲惨さとか、メディアのクソ具合とか、それに踊らされる大衆の愚かさとか、とにかく読んでてグアングアンと心揺れる。何度も、うがー!って叫びたくなる。うがーって。うがうがー。ま、クソだなんだと言ってもさ、この本読んですぐに影響されちゃう僕も大衆のおろかな一員なんだけどさ。
野口明人
もうそろそろ飽きてきた?(笑)ま、とりあえずつまらなくは無いと思う。ひたすら長いけど、通勤の時間とか使って読むには非常に良いんじゃないかな。何度も電車乗り過ごしちゃいそうだ。
野口明人
そうだなぁ。あんまりミステリーを読まないから、これっていう類似作品を思いつかないけど、東野圭吾の『白夜行』が長くて苦手だった僕でも宮部みゆきのこの作品は面白く読めたね。うーん。何がいいだろ。やっぱり同じ宮部みゆきで『火車』みたいな作品が好きなら、この本が読んでもいいかもね。あとは、今ちょこっとヤフー知恵袋で調べてみたけど、貫井徳郎『空白の叫び』ってのがおすすめに挙がってたよ。僕もこれ読んでみようかな。
野口明人
ま、興味が湧いたらAmazonのレビューみたり、Wikipediaで調べたりしてみてよ。Amazonのレビューはさ、単行本と文庫本で別になっちゃってるけど、それでも合わせて200件以上付いているから読み応えあると思うよ。文庫本なんて5冊に渡るからね。全部星4以上。最後の5巻が一番評価低いから、読書好きな人にとっては尻すぼみ感があったのかも。僕は5巻の最後の部分が一番好きなんだけどなぁ…。
野口明人
とりあえずさ、久しぶりにこんな長い作品読んだけど、本当に面白かった。“無駄に長い”は、この作品にとって褒め言葉だよね。読書がちょっぴり好きになったよ。

…そんな事を『模倣犯』について抹茶ラテでも飲みながらカフェで話すと思います。

『模倣犯』で気に入った表現や名言の引用

日々の一瞬一瞬を、写真に撮るようにして詳細に記憶しておく。会話の端々までも、風景の一切れさえも逃さず、頭と心のなかに保存しておく。なぜなら、それらはいつ、どこで、誰によって破壊され取り上げられてしまうかわからないほど脆いものだから、しっかりと捕まえておかなければいけないのだ。

確かめたいのだ。また一日が始まることを。毎日、毎朝、自分が生きている――いや、昨日一日を生き延びて、今日という日を迎えることができたということを。まだ自分の人生は終わっていないということを。この先に控えているのは何ともしれない新しい一日ではあるけれど、とりあえず昨日は過ぎ去った、昨日という日を、自分は無事に生き終えた、と。そうしないと、生きている実感がわいてこないのだ。ちょうど、どこまで行っても風景の変わらぬ広大な砂漠を歩く探検家が、時々振り向いて足跡を確かめてみないと、自分が進んでいるのか停まっているのかわからなくなってしまうのと同じように。

禿げあがった額に秋の明るい日差しが映っているが、それは不幸のあった部屋いっぱいに陽があたっているみたいなものだった。

そして思うのだ。自分の家庭もきちんと切り回すことのできないあたしに、家庭雑誌の記事を書く資格があるのだろうか? 独身時代には、家庭持ちでないあたしが家庭向けの記事なんて――とは、一度だって思わなかった。仕事は仕事、プロとして間違いのない記事を書けばいいと、実に簡単に割り切ることができていた。それなのに――「結婚とは便利を幸せにすり替える仕掛けだ」という格言があるそうだが、滋子にとっては、結婚とは、独身時代には後ろめたく思わなくて済んだことのひとつひとつに罪悪感を持たざるを得なくなる仕掛けだった。

できるかどうかは、あなた次第ですよ

書けるさ。やってもみないうちに、何言ってんだよ

独りだった。有馬義男は途方もない孤独のなかにいた。しかも、それはまだ始まったばかりだった。

義男は立ち上がり、腹立ちまぎれに空になった湯飲みをむずとつかむと、台所へ行った。蛇口を開けて流しに水を張る。しかし、大きな水音も、義男の耳の奥で血が沸騰する音をかき消すことはできなかった。あまりの腹立ちにめまいがしそうだった。

刑事という職業に就いていると、縦にしても横にしてもどうしようもないような人間を、自分の性根を腐らせ他者を傷つけ身内を泣かせるためだけに生まれてきたような人間を、げんなりするほど間近に目にすることが多い。だがその反面、ごく普通の人のごく普通の言葉、態度、生き方の在りように、いずまいを正さずにはいられないような気持ちになることもある。今、武上はそういう気持ちだった。

石井良江はお冷やのグラスをつかんでいる。グラスの内側で水が震えていた。

この世に満ち溢れているのは、みんな犠牲者ばっかりだ。真一は考えた。それならば、本当に闘うべき「敵」は、いったいどこにいるのだろう?

木田は電話機をつかむと、コードを引っこ抜いて壁に叩きつけた。電話機はリンと鳴ると、木田を嘲るように腹を上に向けて床に転がった。

皆、無意識のうちに知っている。宣伝こそが善悪を決め、正邪を決め、神と悪魔を分けるのだ ――と。法や道徳規範は、その外側でうろちょろするしかない。

犯罪者に限らず、ある種の事件を起こし易いタイプの人間をして事件の方向へ向かわしめるのは、激情でも我執でも金銭欲でもない。英雄願望だ。

十九歳の若い男が女の子を助手席に乗っけているときに持ち合わせている自制心など、ウエットティッシュでひと拭きすればぬぐい去られてしまうほどのわずかなものだ。

詳しいことはまた明日――と、話を終えて和明が寝てしまってから、文子は風呂に入った。ひとりになると、なぜだか判らないが泣けてきてしまい、どうしても我慢ができない。自分で自分が泣いているのを見るのが嫌だったから、風呂場の鏡から目をそらし、やたらに顔をざぶざぶ洗った。

今日日の都市部の中学生の女の子であれば、舞衣のような暮らし方には、必ず危険が伴うことをちゃんと知っているからだ。あんなことを続けてたら、いつかきっと危ない目に遭う――いや、女の子は危ない目に「遭う」のではない、女の子は危ない目に「遭わされる」のだ。

大人ならば、家出という形で家庭を捨てても、それは単に、船がひとつの港を離れること、今いるこの港に帰る資格や権利を失うということでしかない。いやそれ以前に、どこを漂流しようとも、仕事や税金や社会保険やその他ありとあらゆる無線の周波数をあわせておかなければならないということによって、「社会」という大陸とは否応無しにつながっている。

しかし、子供の場合はそうではない。彼らが家を離れ家庭を捨てるということは、そのまま船籍を失うということを意味する。存在そのものが消えてなくなるのだ。嘉浦舞衣もそんな幽霊船のひとつになってゆく――

想像のなかの自分の姿にうっとりと見惚れながら、朝からずっとくだらない番組を見続けた。今年も秋刀魚は豊漁だとか、秋の行楽シーズンの穴場のお勧めとか、時間の無駄としか思えないような番組でも、しかし、いつあのニュースが流れるかと期待しながら見守っていると、なんだかとても愛しく感じられた。上から見下ろすならば、どんなものでも小さくて可愛らしく見えるものなのだ。

恋愛中の女の子が、機会を見つけては自分の顔を鏡や地下鉄の窓ガラスに映して笑顔を浮かべてみるように。あの気持ちがやっと判った。あれは幸せだから笑ってみるのだ。自分の顔に幸せが浮かんでいるのをその目で確かめたいからやっていることだったのだ。今の栗橋浩美もまったく同じ気持ちだった。幸せで、自分に誇りを持っていた。

鏡は人を映す――顔を映し、姿を映し、瞳の色を映し、その輝きを映す。それはただの物理的な作用で、映したからといって鏡がその人の何を知るわけでもない。鏡は無機質で無関心だ。だから人は、安心してその前で自分をさらけ出すことができる。自分を点検することができる。悦びや誇りの想い、世間への遠慮や謙譲の念に縛られて押し隠すことなく、おおらかに解き放つことができるのだ。もしもこの世に鏡が存在せず、互いに互いの顔を点検しあったり、自分で自分を観察したりするだけで生きていかなければならないとしたら、人は今よりももっと深く自分のことを点検しなければ気が済まず、安心できず、気を許すこともできなくなって、生きていくのがずっとずっと困難になるだろう――

病室は、ひとりの人間が、自分はいかに孤独であるかということを、他人に対しても、自分自身に対してもさらけ出さねばならなくなる場所だ。いつもはドアを閉じ窓を閉めることで世間から隠している生の個人生活が、ここではいっぺんにむき出しにされてしまう。その結果、他でもない当の入院患者本人が、今まで自分の生活のなかで確実につかんでいると信じていた愛情や、築いていると確信していた人間関係が、ただの嘘や無関心や思いこみや勝手な期待によってつくりあげられた幻影に過ぎなかったということを目の当たりにして、絶望的な気持ちになってしまうことがある。

「本当の悪は、こういうものなんだ。理由なんか無い。だから、その悪に襲われた被害者は――この場合は気の毒な梅田氏だ――どうしてこんな目に遭わされるのかが判らない。納得がいかない。何故だと問いかけても、答えてはくれない。恨みがあったとか、愛情が憎しみに変わったとか、金が目当てだったとか、そういう理由があるならば、被害者の側だって、なんとか割り切りようがある。自分を慰めたり、犯人を憎んだり、社会を恨んだりするには、根拠が必要だからね。犯人がその根拠を与えてくれれば、対処のしようがある。だけど最初から根拠も理由もなかったら、ただ呆然とされるままになっているだけだ。それこそが、本物の『悪』なのさ」

ピースは専門家みたいなことを言う。たぶん資料や本を読んで調べたのだろうけれど、こういうとき、けっして「――だそうだ」とか「というふうに書いてある本を読んだ」などとは言わず、「――だ」と、まるでそれが最初から自分の知識であるかのような言い方をするのがピースのクセだった。

僕が昆虫採集を嫌っていたのは、採集すること自体が嫌だったからじゃない。意味のないものを集めたって無駄だと思ったからなんだ。意味のないものに、物語はつづれないからね

栗橋浩美は冷え切ったポケットに両手を突っ込み、他の誰でもない自分自身に、自分がちょっぴり疲れていることをアピールするために、声を出してため息をついた。

嘘をつくのは易しい。難しいのは、ついた嘘を覚えておくことだ。

思い出なら星の数ほどある。どの思い出も星のように輝いている。高井和明の追憶という小宇宙のなかには、思い出と思い出が結びついて形を成した星座がいくつもある。そこにも、ここにも。

最初から頼りがいのある人間なんていない。最初から力のある人間なんていない、誰だって、相手を受け止めようと決心したそのときに、そういう人間になるのだ。

作文はそこらにあるものをつなぎあわせるだけで創ることができるが、詩はそうはいかない。詩を書くという作業は、自分の心のなかに内視鏡をさしこみ、そこから組織の一部を切り取って、標本をつくり、目の前に並べてゆくことに等しい。

記憶、記憶、記憶。人間は記憶そのものだ。唐突に、そんな洞察が頭の底の方で閃いた。たくさんの記憶を、皮膚という皮一枚でくるりと包み込むと、それが人間になる。子供から大人へと成長するにつれて身体が大きくなるのは、それだけ中身の記憶の嵩が増えていくからだ。

人は誰でも、自分の幻想という小さな王国のなかでは、ちっぽけな王冠をかぶり王座に座っている。そういう部分があること自体は、けっして邪悪でもなけれは罪深くもない。むしろ、軋礫の多い現実世界を生き抜いてゆくためには、なくてはならないことなのだ。

自分はこんなツマラナイことをするために生まれてきた人間ではない〟と思って退屈な「日常」から離陸したはいいけれど、結局はすることもなくブラブラと日々を遊び暮らしているだけの〝優秀な〟若者は、掃いて捨てるほどいるのだ。

人間て、そんなに独創的な生き物じゃないよ。みーんな何かを真似っこして生きてるんだよ

分類だ。解釈だ。起こってしまった事件を、現代の事件史や風俗史のなかに納めるときに、ファイルの背表紙に貼るレッテルだ。そして分類をするのもファイルを作るのもレッテルを貼るのも、犯罪者の仕事ではない。それは――それは、どれほどの歪んだ機会を与えられようとも、犯罪者がやったようなことは決して決してやらないタイプの人間が担当する作業であって、だから犯罪者は常にただ分析され解釈される側にいるのであって、絶対にそちらの側からこちらの岸に渡ってくることはないのであって、だから、最初から自分の内側の黒い衝動について説明する的確な言葉や貼るべき正しいレッテルを持ち合わせている連続殺人者などいるはずがない。彼らは彼らなりに自身の内面について説明する言葉や考えは持っているだろうけれど、それは必ず舌足らずであるべきで、必ず補足説明と解釈を必要とするべきもので、そもそも、だからこそ、彼らは犯罪を起こすのだ。

怖い、怖いと思いながら隠れていると、もっと怖い。怖いから、立ち向かうということだって、人間にはあるよ。

覚悟はしていたなんて言い方をする時に限って、本当の覚悟なんてできてないものなのだ。

情報には距離がない。だが、人間には距離があるのだ。

悪いことを考えなければ、見て見ないふりをすれば、悪いことは起こらないという考え方ですよ。

日本人は木と竹と紙で家を建て、たいていは一代限りで建て替える。持ち主よりも、家の方が長生きするなどということはほとんどない。ところが欧米では、石やレンガで家を建てるので、そこに住む者たちよりも、家そのものの寿命の方が遥かに永くなる。

犯罪捜査とは、犯人のおかした間違いを探す作業だと、武上は考えている。犯罪は難しい。この世でもっとも困難な仕事のひとつだ。どれほど頭の良い犯罪者でも、ひとつのミスもしないでクリアできるものではない。完全犯罪などあり得ない。そして犯人を追う警察側にとっては、彼ら彼女らのおかしたミスのひとつひとつが道標になり、足場に打ち込まれたハーケンになり、タイヤのスキッドマークになるのだ。

「それでも、もしも本当に真犯人Xが存在するとしたらどうですか?」 食い下がる記者に、三宅みどりの父親は、震える声で答えた。「もしも?私が考える〝もしも〟は、そんなことじゃないよ。私が毎日毎日、息を吸ったり吐いたりするたびごとに考えてる〝もしも〟は、そんなことじゃない。〝もしも〟私がああしていたら、〝もしも〟私がああしなかったら、みどりは今でも生きていたんじゃないか、そればっかりだ。その〝もしも〟ばっかりだよ。ほかの〝もしも〟なんて、考える余裕などあるものか」

「自分の面倒もみられない僕には、ホントはそんな資格なんかないんだけど」 有馬義男はぶんぶんと首を振った。「とんでもないよ。そんなことはない。だけどあんたら若い人は、よくそういうものの言い方をするね?」「そういうものの言い方って――」「自分には何々する資格はないとかさ、自分は何々だと思ってコレコレのことをしてきたけれど、本当はそれは偽りで、自分の心の底にはコレコレしたいシカジカの動機が隠されていたのだから、あれは間違いだったんだ、とかよ」

「あんたはいつだって何かやろうとしてきたんだ。あんたの身に降りかかった災難から立ち直るために、何か道がないかって、ずっと探してきたんだ。その一瞬一瞬は、いつだってあんたにとっては正しい方向を向いていたんだよ。だけど、ちょっと続けて苦しくなると、すぐにそれが間違ってたような気分になって、やっぱりあれはホントじゃなかったって言い始める。まるで、いちいち〝あれは本当のことじゃないです〟って断らないと、誰かに叱られるとでも思ってるみたいだ。誰も叱りゃしないよ。だって、あんたの人生はあんたのものなんだから。過去の災厄だけがあんたのものなんじゃなくて、これから先の人生だってあんたのものなんだ。誰にもお伺いをたてたりせずに、自分のためになることを自由に考えていいんだよ」

子供は天使のように可愛らしいが、何か隠し事をしようと思うときには、悪魔のように狡猾に立ち回ることだってできるのだ。

人間は、それが自分の身に降りかかり、否応なしに逃れることができないものでない限り、真実に直面することなどない。自分にとっていちばん居心地がよく、納得がいって気分の良い解釈を〝真実〟として採用するだけだ。

本当のことっていうのはな、網川。あんたがどんなに遠くまで捨てにいっても、必ずちゃんと帰り道を見つけて、あんたのところに帰ってくるものなんだよ

「ここで経験できたことが、次の事件でも役に立つかもしれない。だが、ここで経験できたことは、次の事件では経験できないことかもしれない。だから、今できることは全部、今のうちにやっておけ」

引用:「模倣犯」宮部みゆき(新潮社)

『模倣犯』のおすすめポイント

野口明人
すべての登場人物と言ってもいいほど、丁寧な人物紹介がある。その事がひとつの殺人を登場人物が死ぬことに慣れつつある読者にとって大きなモノにしていると思う。それでいて本筋をブレさせない作品に脱帽しすぎてちょっとだけ頭が小さくなった。

まとめ

いやー。想像以上に長かった。前回の孤島の鬼が一冊で終わったのに対して、こちらは五冊。本筋の方にはほとんど謎が隠されておらず、すべてをさらけ出していて、謎がページめくりを進めるミステリー小説にありがちな知りたい願望への刺激がないにも関わらず、ここまで読ませるのは本当にすごいと思う。

読書好きな人にとってはもしかしたら冗長すぎて、つまらなく感じてしまうのかもしないけど、読書に対してあまり習慣がない人が読んでもそれほど苦痛は感じず、読書が好きになれるんじゃないかな。

『火車』の方が良いというレビューが結構多かったけど、僕はどちらにも甲乙つけがたく感じました。うーん。うーん。どっちだろう。どっちを友人に勧めるだろう。どっちかひとつだけと言われたらそれだけで一ヶ月は悩む。その一ヶ月悩んでいる間に両方読んでほしい!

ではでは、そんな感じで、『模倣犯』でした。

あ、僕はこの本を読むのに、23日かかりました。結構かかったなぁ。

Amazonで『模倣犯』のレビューを見てみる

にゃんこ先生
宮部みゆき、すげーにゃ。この長い小説を読めたのだから、次は一度挫折した『ドグラ・マグラ』だって読めるはずにゃ!
模倣犯
  • 読みやすさ - 85%
    85%
  • 為になる - 65%
    65%
  • 何度も読みたい - 55%
    55%
  • 面白さ - 95%
    95%
  • 心揺さぶる - 95%
    95%

レビューまとめ

タイトルがキモな小説。沢山の登場人物が出てきても、混乱せずに読める読みやすさ。謎で引っ張らずにここまで読ませるのは本当にすごい!

79%
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