この世界の片隅にどうしようもない僕の気付きが誰かの役に立ったなら

この世界の片隅に

思っていた事と違う現実に触れた時 脳は葛藤が起こる

それがストレスの正体だ

しかし なにか新しい事に挑戦する時は

大抵が当初に思っていた事と違う状況に陥るもの

なぜなら何も知らない自分が考えつくことなんて

ちっぽけな想像しか出来ないからだ

だから大抵 現実とズレが生じるストレスが生じる

それに対してなんか思ってたのと違うと諦めるのは

「新しい世界には行きません。今の現実に満足します」

と言っているようなモノなのだ

現実に満足出来ないから新しい世界に行きたいのだろう?

ストレスに打ち勝たなければ新しい世界なんていつまで経っても見つからない

共感してくれる人は沢山いる

しかし理解してくれる人がいない

なんとなくこんな感じだと心が感じ取れる人はいる

でも理解されない

僕は共感してほしいんじゃないんだ

自分の心の気持ちを言葉にしてほしいんだ

痛いのはわかっているんだ

なんで痛いのか どうしたらいいのかわからないんだ

なのに誰もそれを言葉にしてくれない

僕の眼の前に提示してくれない

だから僕は相談なんてしない

わかる わかるよその気持ちと言ってくれる人はいる

それはその人の中で完結してしまうものなんだ

僕の中に入って僕の気持ちを理解し

僕に提示してくれる人

そんな人が見つからない限りは自分で考えるしかないのかもしれない

でもそれは別に悲しむべきことじゃないよな

みんなそうだろ?

好奇心を外に向けるな

好奇心を世界に向けるな

自分の中に好奇心を向けろ

自分は何が出来る 自分はどこまで行ける

人の事など気にするな

人生は短い 自分の中の世界だって決してつまらなくはないのさ

自分の不幸は他人の不幸によって薄まるかもしれない

自分の幸せは他人の不幸によっては決まらない

人の幸せを祝える人間になれとは言わない

人の不幸を願うようなやつにだけはなるなよ

そんな自分に気がついたら自分がたまらなく嫌になるぞ

“世界”は意味のない事をしない

となると自分の身に起きる事も 不幸もなにもかも意味があるのだろう

それは自然淘汰として自分を消し去る事かもしれない

だが もう一方で抗体を生み出してほしいのかもしれない

自分の不幸は同じ体験をする人を減らすために必要なのだ

悩みも不幸も無意味ではないのだ

感謝させてはダメだ

感謝しなきゃダメだ

いつでも何かを供給してくれるのは世界だ

当たり前だと思った時から供給が止まる

自分がすごいのだと思った時から離れていく

自分の偉業は世界によって構築されているのだ

感謝を忘れてはならない

世界はまだ 僕のことなど知らないのだ

謙虚であれ ちいさくおおきく謙虚であれ

野口明人

この世界の片隅に
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