【ブログ小説】映画のような人生を:第二章「都会の幻想」

ブログ小説というものを書いてみようと思いまして、前回から投稿を始めております。

ブログ小説を書いて、人は生活出来るのか。ブログ小説家というのは職業として成り立つのだろうか。それを知りたくて実験的に始めた事です。

とりあえずまずは1ヶ月ほど続けてみたいと思います。

…という事で新しい企画として実験的に過去に書いた小説をブログ形式に変換して投稿していきます。タイトルは映画のような人生をです。

全部で39章分あるのですが、今回はその中で第二章「都会の幻想」をお送りしたいと思います。よろしくどうぞ。

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【ブログ小説】映画のような人生を:第二章「都会の幻想」

ブログ小説-映画のような人生を-都会の幻想2

 都会に出てきたのは、大学に通うためだった。

 高校で進路を選ぶ時期、どれだけ考えても、やりたいことなんて何も見当たらなかった。今までなるべく優等生でいようとした。親の言うとおり生きてきた。なんでも卒なくこなしてきたつもりだ。でもそれじゃ何も残らなかった。

 ただ、この土地にいるのはいい加減うんざりしていた。ぼくの家は農家だった。繰り返しの毎日。時間だけがゆっくり流れる。牛を見ては草を耕し、野菜を育てては手伝いをする。何の刺激もない平凡な日々。そんな人生つまらなかった。だから都会に憧れた。そして地方の大学に行くよりも、都会の大学に行く事だけは決めた。やりたい事はそこで見つければいい。

 都会にあるならどんな大学でもよかった。ただ、見栄もあり親受けの良さそうな有名私立大学のW大学を第一志望にした。決めたのはそれだけだ。都会。有名。親受け。高校生が考える進路の動機なんてそんなもんだろう。

 受験したい大学を母に伝えると、母は言う。

春人はるひと、あなた、どこの大学だって、通ったら一緒なのよ、こっちの大学でいいじゃないのよ」

 母は寝そべってバラエティ番組を観ながら笑って答えた。この人にとっては都会の大学なんて何の興味もないようだ。しかし、それでは駄目なのだ。この人はぼくの事なんて考えちゃいない。自分の引いたレールに乗せたいだけなのだ。自分の考え以外は認めない人だった。小さいころからそうだったじゃないか。そう考え始めると急に母親に腹が立った。

 バラエティにぼくは負けたのだ。泥で汚れたTシャツ姿の母の背中を蹴りたくなった。でも出来なかった。イライラだけが虚しく募った。畜生。勝負は都会に行ってからなんだ。

 ぼくは仕方なく父にベクトルを変更し、同じようにW大学を受験したいと伝える。しかし、反応は同じだった。

「いい大学に通うのが目的じゃないんだ。有意義な学生生活を送る事が大学生の大切な目的なんだぞ。だから、こっちの大学だってかまわないじゃないか。それとも春人はどうしても、その大学じゃなきゃいけない理由があるのか」と父は二週間も前の週刊誌を読みながら言った。そしてやはりこっちの大学を薦めてくる。

 ぼくにとっては都会の学生である事が有意義なんだ。この人も何もわかっちゃいない。でも、それもきっと母親の意見なのだろう。この人はこの人で自分の意見なんて持っちゃいない。父は母方の農家を継ぎ婿養子として結婚した。その事もあってか母に頭が上がらなかった。そんな父を見たからか、農家なんて継ぐつもりはなかった。

 なぜ両親とぼくの考え方は違うのだろう。同じ家族なのに。もちろん、都会に出るとなると一人暮らしの生活費もかかるようになる。国立と私立の授業料の差も考えると、決して裕福ではないうちの家計では私立のW大学に賛成しない両親の気持ちもわからなくもなかった。でもこのままではいけないと思った。変わりたいと思った。今までの人生は地味すぎる。ぼくはこんな人生で終わる人間じゃない。だから物に溢れ、煌びやかで華やかな都会に憧れた。ただそれだけの理由だ。甘い蜜。

 父の言うとおり、特に大学で何を学びたいというわけではない。どうしてもこの大学じゃなければならないということもない。都会に行ければいい。上京すれば何かが変わると思った。もちろん、そんな理由を父に言えるはずもなく、あの大学の理念がぼくにふさわしいだとか、創立者を尊敬しているだとか、そんなもっともらしい事を嘯いて説得を続けた。変えなきゃダメなんだ。なんとしても。ぼくはデカいことをやる人間なのだから。

 最終的に両親は決していい顔はしなかったが、W大学の願書しかださなかったと知って諦めた。自分の意見を通し続けた事は自分が変わりつつあるいい兆候だと思った。

 ただしその年、結果は見事に惨敗した。そりゃあそうだ。大した志もない奴が、見栄だけで頭のよい大学を選んだ所で、学力が上がるわけがない。他の大学を一切受けなかったぼくは、一年間、浪人学生をしなければならなかった。そんなに甘くはなかったのだ。

 合否の発表があったその日、母親と父親は笑っていた。

「来年頑張ればいいさ」とだけ言ってビールを飲んでいた。それ以上、ぼくの受験など関心がないようなそぶりだった。

 情けなかった。悔しかった。腹が立った。でもだからこそ、次回は本気で頑張ろうと思った。親としては息子が、この一年間で都会の大学に行くという考え方を変えることに期待をしたのかもしれない。だが、ぼくの都会への気持ちは一年やそこらじゃ変わらない。だから勉強した。ただ、一年が長く感じた。勉強は何一つ面白くなかった。

 一年後、今回は見栄など捨てて手当たり次第多くの大学を受験した。結局、合格したのは滑り止めの滑り止めとして受けたぼくも受験するまで知らなかったほぼ無名の大学一校だけだった。ただ一つ救いを挙げるとすれば、W大学と同じ駅にあるということだけだろう。ぼくの本気なんてこんなもんなのだ。

『みんなが受験するから受験する。目的のない大学生。大学生は時間の無駄遣いを本業だと勘違いしている中身のない生き物だ……』そんな事を誰かが偉そうにテレビで言っていた。悔しいがぼくがまさしくそれなのかもしれない。大学に行かなければならない目的などない。ただそれが都会に存在するから都合がよかったというだけだ。

 ほら都会と都合。漢字だって似ているではないか。都会は都合が良いのだ。

 でも、それでも、都会の大学に入れたということだけでぼくは正直、嬉しかった。一年かけたのだ。期待も膨らんでいた。地方の有名大学よりも都会の無名大学だ。それで自分も納得できた。それだけ都会というのはぼくにとって魅力的すぎる場所だった。ちっぽけだろうが、中身がなかろうがどんなぼくでも変えてくれる場所。それこそが都会が持つ力なのだ。

 しかし、どうだ。

 実際、大学生活を始めてみると、受験の時に抱いていた都会の華やかさは全くと言っていいほどなく、周りの学生の眼はすべて澱んで見えた。腐った魚が処分されずに放置された水槽の水のような濁った色。立派なのは学びの園の校舎だけだ。その立派さも今ではハリボテのように見えてしまう。作り物の世界。

 入学式でたまたま隣の席だったという理由で、千葉ちばという関西弁を話す埼玉出身の長髪の男と仲良くなったが、千葉は千葉で、
「お前、伊波いなみっちゅうんか。俺は千葉な。偶然隣の席に座ったのも何かの縁や。俺はこの大学にビッグになる為に入ったんや。伊波は大学で何やろうと思ったん? 伊波もビッグになりそうな顔やし、楽しみや。ほな、俺ら無二の親友やな」と有無を言わさず、ぼくの手を握り一人でべらべらと喋った。千葉の手はなぜか手汗でびっしょりと濡れていて、ぼくはさりげなくズボンのわきで手を拭いた。その後、一日二日一緒に行動したが、すぐに別の気の合う友達を作ったらしく、それ以来話さなくなった。

 大学では随分と安く親友が売られているものだとその時は思った。しかしぼくには、千葉より他に仲よくなった友達はいなかった。

 努力はした。沢山の人に話しかけたし、沢山の人と電話番号の交換もした。アドレス帳は名前で一杯だ。新入生歓迎会にも出来るだけ顔を出し、大安売り中の一夜限りの親友も作った。

 ただ、どれだけ話しかけようが、歓迎会に行こうが、大学構内では独りだった。誰もぼくに気がついてくれなかった。ぼくの日課は大学にあるベンチに座り、誰かから話しかけられるのをただひたすら待つこと。それだけだった。一夜限りの親友が永遠の親友として誘ってくれるのを待っていた。

 でもそんなものは幻。何百人という大学生がぼくの前を行ったり来たりするだけ。ベンチから見る大学生の顔はみんな表情がなかった。誰もぼくに微笑んではくれなかった。都会はこんなに冷たい所なのかと勝手に涙が出た。涙だけが温かかった。

 ベンチに腰をおろしているのに疲れるとぼくは授業に出た。しかし、期待をしていた『講義』やら『概論』という難しい名前の授業も大人数で受けている為、先生が豆粒にしか見えず、そんな豆粒が話している内容に興味は沸かなかった。授業選択の時に指定されていた教科書は高いだけで読む気にもならなかったし、持ち運ぶのも重かった。その教科書等は買って一週間で古本屋に売った。古本屋の店員が、売れ筋を手に入れて嬉しそうにする顔を一瞬見せたのがやけに鼻に付いた。大学生活すべてに腹が立っていた。

 唯一の憩いの場である学生食堂でさえ、食べる時はいつも独りだった。周りはうるさい塊が沢山いるだけだ。味付けの濃いはずの生姜焼き定食の味がだんだん分からなくなっていく。誰もぼくを知らない。誰もぼくに興味を持たない。大学からは孤独だけを教わった。

 大学に行かなくなった日は覚えていない。ただなんとなく行く気がしなくなっただけだ。気がついたら家にいた。時間だけが過ぎていく。家から出なくなったぼくと世界を繋ぐものは電話だけになった。だから電話の前で眠った。何日も眠った。誰か、ぼくがいなくなったことに気がついた奴はいないのか。

 ぼくは翔子に話しかける。

「なぁ、翔子。どうしてこの世の中はぼくを必要としてくれないのだろう。ぼくはずっと自分のことを特別だと思っていたんだ。小さい頃、牧場で逆立ちをした時、この手で地球を回しているのはぼくなんだと本気で思った。自分には何か特別な事が出来ると思っていたんだ。それってただの勘違いなのかな」翔子はゆっくりと何度も何度も首を振った。

 翔子はここに来て間もなかった。町のなんでも屋で出会ったウィンディは実家から引っ越す時に羽がイカレてしまったらしく、引っ越し早々に家を出て行ってもらった。そして新しく翔子を家に招いた。気がつけばこの数ヶ月間、翔子はずっと回りっぱなしだ。翔子が動いてくれていると孤独が和らぐ気がした。

 ブウゥゥゥゥゥン。ブウゥゥゥゥゥン。ブウゥゥゥゥゥン。

 こんなはずじゃなかった。部屋で扇風機に名前を付け、相談役にするなんてアホらしいことをするはずじゃなかった。何かがぼくを変えてくれるはずだったのだ。何かって何だ。涙が翔子の風で揺れた。虚しかった。心に目盛があったなら、きっと虚しさで一杯だったろう。

 無言の翔子に話しかけるのをやめ、電話に目を移した。電話を眺めるのが癖になっている。また世界が薄れて見えた。頭痛がする。体がきしむ。ギスギスした世界。息苦しい。

 今日も電話は鳴りそうもない。

 そう思った時、どこからか何かを叩く音が聞こえた。とっさに外を見た。長く続いた雨はいつの間にかあがっていた。

【ブログ小説】映画のような人生を:第二章「都会の幻想」あとがき

ブログ小説-映画のような人生を-都会の幻想あとがき

いかがだったでしょうか。前回はドストエフスキーの『死の家の記録』が作品の中に出てきたのでそこにリンクが貼れましたが、今回のように特に商品が出てきていない場合はどうしたら良いのでしょう。

とりあえず考えたのは、その時に出てきた内容に即した商品を紹介するのなんてどうだろうか?と。例えば今回の話で言えば、大学生の事が出てきたので、大学生に向けて末尾で商品を紹介するのです。

…が、これにはひとつ問題があって、大学生の内容を語っているからと言って、必ずしも読者が大学生ではないという事です。

検索から入ってきてくれる読者は、まず第一にタイトルからその記事を読むかどうか決めます。

今回のタイトルのどこにも大学生という言葉は入っていませんので、「大学生」のキーワード検索の結果に出ることはないでしょう。

そうなるとこの記事は「ブログ小説」という言葉が気になった人か、「映画のような人生を」というタイトルか、「都会の幻想」という副題のどれかに興味を持った人の検索結果に表示されるはずです。

ではそうなると作品が続く限りは内容に即した商品の広告を挿入するというのは難しそうです。

そこで考えたのは、テレビ番組のDVD化方式。もちろんブログ上ですべての小説が読めるようにはなっているのですが、まとめて読みたいという人もいるかも知れません。

その人にまとめた小説を提供してあげるのです。まぁ、これは広告から一歩先へ進んだ話にはなってしまいますが。

今ではデータさえあれば、電子書籍化と電子書籍の販売はAmazonで出来ますし、人の商品を宣伝する広告料よりも、自分の商品を販売する売上の方が単価は高くなるでしょう。

ただ、この方法だと全てを書き終えた状態じゃないと本は出せないので、書きながら収入を得られる広告料と並行していく必要はありそうです。

まぁ、色々と試してみましょう。そしてもしこの方法が上手く行ったなら、そのデータや方法をブログ小説で生きていきたいと思っている人たちに共有出来たらいいなぁと思います。

ではでは【ブログ小説】映画のような人生を:第二章「都会の幻想」でした。

野口明人

ここまで読んでいただき本当にありがとうございます。

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【ブログ小説】映画のような人生を:次回予告

ブログ小説-映画のような人生を-次回予告

注意:

ここから先は次回の内容をほんの少しだけ含みますが、本当に「ほんの少し」です。続きが気になって仕方がないという場合は、ここから先を読まずに次回の更新をお待ち下さいませ。


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クリックして次回の内容を少しだけ表示する

 コン、コン、コンと音は三回続いた。そして間を開けて三回。コン、コン、コン。頭が真っ白になった。心臓が右に強く跳ねた。自分が今何をしていたのかさえわからなくなった。今の音は何だ。そう思う頃に、また間を開けて三回。コン、コン、コン。ただただ音が続く。奇妙なぐらい等間隔に。そしてリズミカルに。突然の出来事にぼくは動けなかった。

次回へ続く!

【ブログ小説】映画のような人生を:今回のおすすめ

田園の憂鬱
3.7

著者:佐藤春夫
出版:新潮社
ページ数:177

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