ブログ小説も五回目の更新。今回の話にはサイダーが印象的なものとして出てきます。
なので毎回、章のタイトルを映画の名前から付けているように「サイダー」と名のつく映画を探してみたんですが、「サイダーハウス・ルール」しか見つかりませんでした。
「サイダーハウス・ルール」はアカデミー助演男優賞とアカデミー脚色賞を受賞している作品なんですが、あの映画のタイトルに入っている「サイダーハウス」というのは僕らの知っているサイダーではありません。
実はサイダーとは和製英語なのです。一般的に三ツ矢サイダーのような炭酸飲料の事は英語ではfizzy drink とかsoda pop というらしいのです。
サイダー(cider)はイギリスではリンゴ酒の事で、アメリカではりんごジュースの事を指すらしい。
でも僕の中でフィジードリンクとかソーダポップというとちょっと違う気がするのです。ラムネのような瓶に入ったサイダー。そういうイメージなのです。
なので五回目にして早くも映画から取るルールを辞めました。
…という事で、過去に書いた小説をブログ形式に変換して投稿していく企画。小説自体のタイトルは映画のような人生をです。
全部で39章分あるのですが、今回はその中で第五章「サイダー日和」をお送りしたいと思います。よろしくどうぞ。
【ブログ小説】映画のような人生を:第五章「サイダー日和」
嘘だ。正直な話、入りたいサークルは山ほどあった。
しかし、サークルとは誰かが誘ってくれて一緒に入るものだと思っていた。伊波一緒に入ろう、と。その言葉を待っていたが、誰もぼくを誘ってはくれなかった。歓迎会でお酒を飲み、仲良くなっても、誰もその言葉を言ってはくれなかった。
だから入らなかった。ただ、本当は入りたかった。サークルはどこでもよかった。みんなと一緒の空間で過ごせれば、どのサークルでもよかったんだ。なのに。
そう考えていたら涙が出そうになった。ぼくは涙を堪える為に話を千葉に振った。
「千葉の方はどうなんだ? 何かサークル入ったのか?」声が少し震えてしまう。
「いや、俺も正直どのサークルにも入り損ねてしもうたんよね」と答える。ぼくが泣き出しそうだったのには気がつかなかったようだ。千葉は頭を掻きながら続けた。
「本当は俺、高校まで野球やっとったから野球部入ろうかと思っとったんやけど、大学の野球部って真剣過ぎるやろ? そこに大学ライフの4年間を注ぐぐらいの熱意あるかゆうたら、そうでもないねん。んで、プラプラとサークル巡りしとったんやけどな、結局、昨日まで入りたいと思うサークル、ゼロや」
「まあ、サークルが全てじゃないからな。見つからなかったら無理に入らなくてもいいんじゃないか?」ぼくはわかったような口調で強がった。
「チッチッチッ、甘いな伊波」と千葉は人差し指を左右に振りながらワザとらしく言う。
「何がだね?」とぼくもワザとらしく相槌を打ってやった。
「大学生は社会人になる前の最後の自由時間やで? それを一人で過ごしてみい? 淋しくて死んでまうやろ。しかもそのまま社会に出ても、人間関係を学んでいない伊波はパーや。パー。サークルはな、自由時間を楽しみつつ、社会に出る前の最後の人間関係のお勉強が出来る素晴らしい場所なんや。入らんともったいないやろ」
千葉は自分の意見が全てだとでも言うかのように自信満々に言う。
「ふーん、そういうもんかね」千葉に合わせて相槌を打つ。もしかしたら千葉はぼくをサークルに誘ってくれるのだろうか?
「そういうもんや」と言いながら部屋の中を覗き込んできた。そして立ち話もなんやし、と勝手に赤い靴を脱いで部屋の中に上がってきた。
「気がつかなくてすまない。そういえばわざわざなんで来てくれたんだ? というかぼくはお前にここの家の住所教えたか?」ドアを閉めながら千葉に聞いた。
「あ、ここな。伊波のおかんに聞いてん」と倒れた翔子を起こし、その風を顔に当てながら答えた。
「どこで会ったんだよ、ぼくの母親に」
「いや、ちゃうねん。伊波に入学式の時、電話番号教えてもらったやん? あれ、伊波の実家の番号やったやろ?」と千葉は言った。
「あ!」とぼくは口を開けてしまった。そうか。ぼくはここの家の電話番号ではなく、実家の電話番号を教えていたのか。それならここの部屋に電話が掛かってくるはずはない。それをずっと待っていたというのか。
「なんや、伊波気づいてなかったんかいな。俺はてっきり、まだ電話引いてへんから、実家の番号教えてくれたんやと思っとったで」と、ぼくの唖然とした顔を見て千葉が言った。そして周りを見回し「ちゃんと電話あるやんけ」と笑う。
「ドジったな。入学式なんて、こっち来てすぐだったから、まだ実家にいた時の癖が抜けてなかったんだろうな」間抜けだ、ぼくは。
「そういえばな、伊波のおかんお前のこと心配しとったで、春人は一向に連絡よこさんって。たまには電話してやり。せっかく電話ひいてんのやから使わんともったいないで。それは、大学行かせてもらっている俺らの義務や義務」と言いつつ、千葉は勝手に冷蔵庫を開け、サイダー瓶を手に取った。
「義務か。そんなもんかね。気が向いたら連絡してみるよ。それで用事は何なんだ?」ぼくも自分の分のサイダー瓶を取り出して座る。
「せや。さっきも話したけどな、今日はサークルの話をしようと思ってここに来たんよ」と言った千葉を、相変わらず変な訛り方だと思いながら、サイダーを一口喉に通し炭酸がはじけるのを楽しむ。
「でも、入りたいサークルはなかったんだろ?」
「そらぁ、昨日までの話や。今日な入りたいと思ったサークルをやっと見つけてしもうてん。それで伊波もどうかなって電話したんやけど、電話にはお前のおかんが出る次第やねん」
千葉もサイダーを一口飲んだ。伊波もどうかなという言葉で、僕は心に花が咲いていた。勝手にサイダーを飲んだことは許してやろう。
「入りたいと思ったサークルって何てサークルなんだ」
「アノニムって所や」
「アノニム? 聞いたことないな。一体どんなことやっているサークル?」
「まあ、言ってしまえば自分探しやな」
「なんだそのざっくりとした説明は」
「口で説明するのがちょっと難しいねん。俺も今日見てきたばっかりやし。それでな、そのサークルに入っている人と今度ちょっと話させてもらえることになったから、伊波も一緒に話聞こうや」
そう言った後、千葉は持っているサイダーを飲み干し、「場所は学食、時間は明日の十二時、お昼の時間やから」と言った。
「明日か。急な話だな。ぼくにも予定ってもんがあるんだよ」となぜか強がってしまう。予定なんて何もない。
「なんや、どうせ家に籠っているだけやろ。そんなもん予定とは言わん。ほな決まりやな。明日、学食の一番奥の席で待っとるわ」と言いながら、千葉は玄関に向かった。
「あぁ、了解です」となるべく渋々言っているように聞こえるように言葉を発した。千葉に図星を突かれ、少し腹が立ったがそれよりも、誘ってくれたことの嬉しさの方が大きかった。笑ってしまう顔を堪える。
千葉は、ほな明日な、と言いながら、赤いエナメルのスニーカーを光らせながら帰って行った。
千葉を見送り、ドアを閉め、自分の部屋を見渡すと、なんだか部屋が明るく爽やかになった気がした。そしてぼくは一人、部屋で笑った。
残った二つのサイダー瓶が妙に誇らしげに見えた。
【ブログ小説】映画のような人生を:第五章「サイダー日和」あとがき
さてさて。小説の内容について語るのは何か恥ずかしさを感じますが、実は僕はその昔サイダー小僧と呼ばれておりまして、サイダーしか入っていない冷蔵庫を持っていたぐらいサイダーが好きなんですよね。
大学生で一人暮らしをしていた時、鬱になり、サイダーしか飲めないときがありました。うん。この作品にはすべてが私小説とまでは言いませんが、実体験がモデルになっている部分もちらほら出てきます。
というか、初めて小説を書いてみて思ったのですが、どうしても自分の経験から物語を語ってしまって、物語に広がりを持てなくて悩みました。
千葉にもモデルがいるんですよ。実際に僕の大学の入学式の隣の席に座っていた関西出身の同級生で、高校時代に野球をやっていたというのもあって、意気投合して大学入学当時はよく遊んでいました。
まぁ、でも本当に入学当初だけでしたね。
大学生で友達を作るっていったらサークルに入ったりしなきゃいけなくて、サークルに入らなかった僕は随分と孤独を感じたものです。
ということで、次回からはサークルに入ったことがない男がサークルについての物語を語っていきますよ!ついに物語が僕の実体験から離れていく時が来たのです。
だからこそサイダーの瓶も誇らしげに見えるのです。
ではでは、五回目はこんな感じです。【ブログ小説】映画のような人生を:第五章「サイダー日和」でした。
野口明人
ここまで読んでいただき本当にありがとうございます。
【ブログ小説】映画のような人生を:次回予告
注意:
ここから先は次回の内容をほんの少しだけ含みますが、本当に「ほんの少し」です。続きが気になって仕方がないという場合は、ここから先を読まずに次回の更新をお待ち下さいませ。
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千葉が帰った後、ぼくは久しぶりに外に出ようという気分になった。雨も上がり、ぬるい風に吹かれながら外を散歩した。家の外に出たのはどれぐらいぶりだろう。空を見上げた。月はもう怖くはなかった。小さい月。どこまでも歩いて行ける気がした。
次回へ続く!
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