四国で歩き遍路4日目。僕に出来る事とは何かを考える。知識は使う物

歩き遍路4日目。本日も先日知り合った先生の家で宿泊中。

歩き遍路の目的は自分の悩みを解消する事。悩みが解消出来たなら、あとは旅を楽しめばいいんじゃとおっしゃってくださる先生。

僕は先生と話をしている中である考えが浮かび始めたのです。

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今日は朝から大雨。歩き遍路も休憩中。

朝起きると外はガッツリ雨が降っている。霧がかり遠くの山も全く見えない。

朝ごはんをご馳走になる。ここのお米は昨日、先生の自宅で餃子をご馳走になったご飯と同じらしいのだけど、同じとは思えない程美味しい。

ここでは自然の湧き水を利用しているから美味しいんじゃ、と教えてもらう。本当に水1つでこんなに美味しくなるものなんだな。

ご飯を食べ終えると昨日もらってきた鳴門金時を作業場に運び、縁側で雨を眺めながら作業場を手伝う。

作業をしながら語る話には宝石がいっぱい。

先生は鳴門金時をせっせと皮を剥く。手を止めずに口も一緒に動かせる。

今日の話は聖書の話から始まる。先生は特定の信仰はないようだけれど、知識を得る為、旧約聖書と新約聖書の両方を通読した事があるらしい。

僕がやってみたいと思う事はなんでもやっているすごい人だ。僕は聖書に関して購入だけでまだ読んだ事がない。

新聞の読み方や、ものの考え方。人との付き合い方も教えてくれる。

約束を4回連続で破られ、いよいよ我慢できずに怒ってしまい、長く良くしてくれた友達と疎遠になってしまった事などを話すと、こう答えた。

あんたは友達に期待してしまったんじゃろ?

僕は人と遊ぶ約束などをすると楽しみで仕方なくなる。次の日の遠足が楽しみで眠れなくなるタイプの人間。

3回目に約束をドタキャンされた時にキレてしまいそうになったけど、そこを我慢してさらに楽しみになるイベントをこちらから提案するという所までは自分でも良くやったと思った。

でも、次の約束も破られた時、僕はついにキレてしまった。

それは相手に期待してしまったから。相手が自分の期待通りに約束を守ってくれると思ったから。相手が約束を守って当然と思っていたから。

そうじゃないのだ。

相手に期待せんでいてみ?たとえばここでの仕事を2人でやるとする。ワシは仕事に取り掛かる時に全部の仕事を1人でやろうと思って始めるんじゃけん。

もしこれが2人でやるもんじゃと思ったら、相手がサボっていたりすると、なんでちゃんとやらんのじゃと不満に思うで?でも全部1人でやるつもりの所を、手伝ってくれたらありがとう、助かるわーって思うで?

言い方は悪いかもしれんけど、だからワシは人には期待せんようにしてるんで。

おおお。

すごいな。考え方1つで同じ事柄でもこんなに感情が変わるなんて。自分次第ってのは知っていたけど、僕はまだまだ相手に依存した物の捉え方だったんだな。

歩き遍路に出た理由

僕は昔、子供を2人失い、それが僕のせいだと思う所がありました。

それまで全てにおいて自分に自信を持っていたのに、自信を持てなくなりました。生物の存在理由が命を次に繋ぐことだとしたら、そこに欠陥があるのなら、僕は失敗作なのだと。

そして8年間、悩み続け色々な理論や考え方をして、自分を立て直そうとし続けましたが、結果はいつも一緒。

上がってはドン底に落ち、上がってはドン底に落ちる。もう大丈夫かなと思っても落ちる。高く登った分、落ちた時の絶望感は半端ない。

結果的になんの解決も出来ないままこの歳に至り、しかし33歳はゾロ目だし、きっと何かが起きると思う所があり、お遍路に踏み切ったわけです。

命はみな同じ

先生は生物学の博士号を持っています。だからというわけではないのですが、色々な生物の生態や本能を良く知っている。

生物だけに限らず、植物など成長するすべての生命について知識が深いのです。

そこで先生はある話をしてくれました。

植物の世界でたまに果実をつけない物が出てくる時がある。果実がなければ種が生まれないので、その植物は子孫を残さない。

しかし、この植物は一緒に咲いている仲間の中で妙に体が丈夫なんよ。

ほやからな、これは人間や他の動物にもある話で子孫繁栄で劣っている面があっても、その他の面でものすごい能力を発揮したりする事があるはずなんよ。

DNAでな、そういうものが刻まれているかもしれんし、宗教的に言えばそいつは子孫繁栄以外の命題が与えられているのかもしれんな〜。

と、こんな感じの話を鳴門金時の皮をむきながら話してくれました。

雨は降っていましたが、なんとなく僕の心はパーっと晴れ渡った気がした、そんな1日。

僕が出来ること

先生の話を聞きながら、僕にはある考えが浮かんできました。

人にはそれぞれ何かしら特化したものがある。それを見つけて、必要とされる時、場所で行動するのが人生の命題なのではないか。

それが人間の存在理由なのではないかという事。

僕は今まで周りの人から、理解能力が高いと言われた事が多い。人の話を聞き、分解し、わかりやすい形に置き換えて吐き出す。

どんな人でも悩みを抱える。しかも悩みと言うのは、自分がどうして悩んでいるのか、どうして悩みから抜け出せないのかわからない場合の方が多い。

それを僕が聞いて、解いて改めて目の前に提示してあげる事。それが僕に出来ることなのではないか。

悩みを解決してあげるのではなく、悩みを映し出してあげること。悩みの原因さえわかれば後は自分の力で前に進む事が出来る。

悩んでいるときは、このままではいけないと思いつつどちらが前なのかわからないのだ。だから悩みに光をあてる。車のナイトドライブと一緒。

たとえ真っ暗でもゴールの方向がわかり、手元を照らすライトさえあれば人は目的地にたどり着けるのだ。

なんでも知り、僕に色々教えてくださる先生にだって悩みがあるし、それを僕と話す事で少し心が軽くなったと言ってくださった。

お遍路は自分が救われる旅でもあるのかもしれないけど、僕が出会った人の悩みを解決する手助けをしていく事で、僕自身は生きていていいんだ、僕にも何か出来る事があるんだ、と自信を取り戻せるのではないかと思いました。

なので、とりあえず先生の家で出来る事をしてから、ふたたびお遍路を続けたいと先生に申し出る。

僕は先生の元で知識を吸収し、僕が出来る形でここにいる人を幸せにしたいと思ったのです。

歩き遍路4日目、おまけの話

先生と僕が仕事をしていると、ここに一緒に住むあねさんがカニを持って帰ってきました。

名前は上海蟹とかチュウゴクモクズガニとか呼ばれるカニらしく、詳しくは良くわかりませんが、とにかくハサミから毛が生えている。

先生は魚屋をやっていたこともあり、動物に詳しい事もあり、生き物は自然に死んだ肉を食べてはいけない。生きている物を殺した肉じゃなきゃいかんのよと。

しかもそれは、もがき苦しんで殺したものより、即死で殺したものの方が美味しいと教えてくれました。

どうすれば即死になるか。それは身体を動かす脳を一突きする事。その脳の場所をほとんどわかるようです。

先生は1匹の蟹を捕まえ、アイスピックでとある部分を一突き。すると蟹は本当に一瞬で動かなくなりました。

そうして出来た蟹を夕食にいただきました。今まで食べてきた蟹とは一体なんだったのかと思ってしまうほど美味かった。

昨日のトイレで出逢った蟹を思い出し、僕はなんとなく因果を感じたのでした。

そんな歩き遍路4日目の出来事。

にゃんこ先生
物静かな山の上、鹿がヒャーンヒャーンと鳴くを初めて知ったにゃ〜

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