『キャッチャー・イン・ザ・ライ』を久しぶりに読んでみたら何コレ…

キャッチャー・イン・ザ・ライ


著者:J.D.サリンジャー
翻訳者:村上春樹
出版社:白水社(ペ-パ-バック)
出版年月日:2006/4/1
ページ数:361ページ
ISBN-10:4560090009

『キャッチャー・イン・ザ・ライ』を最初に読んでから7年が経った。前回はこの本を読んでかなり酷評した気がする。そして内容ですら覚えていない。村上春樹が好きで『ライ麦畑でつかまえて』という本は有名だったので、とりあえず読んでおこうぐらいな気持ちで読んだ記憶があっただけだった。最近、昔観た映画などを見直してみて、評価が激変するという事が度々あったので、もしかしたらこれが年齢を重ねるということなのか…と。そして本の世界ではどうだろうかと興味を持ちましたので、再度挑戦してみようと思った次第です。

さて、この本は歳を取れば取るほど読み返したくなる本という事を最初に読み終わった後にAmazonレビューで気がついたわけですが、まさにそうでした!そう、この本、まさに評価が激変したのです…

※この記事は2017年に書き直しております。

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10秒でわかる『キャッチャー・イン・ザ・ライ』のストーリーのまとめ

学校を退学になったホールデン・コールフィールド。過去に何度も色々な学校を退学になってきたが、やはり今回も同じだった。どうもいけ好かない。しかし両親に何かを言われるのも嫌だ。学校を後にし、家に帰るまでに様々な事を思う。ハリウッド脚本家の兄。死んでしまった頭のいい弟。可愛い妹。昔付き合っていた彼女。仲の良かった女の子。わりかし良かった先生などなど。酒を飲みタバコを吸い、社会に反発する少年の嘆きの一日を綴る…

もし、あなたに喫茶店で『キャッチャー・イン・ザ・ライ』ってどんな本?あらすじは?と聞かれたなら…

野口明人
この本は一言で言えば、“厨二病小説”なんだ。…いや、いい意味でね。うん。いい意味で。学校を退学になったホールデン・コールフィールドという17歳の少年がクリスマス前のニューヨークを巡って家に帰るという話なんだけど、まぁ、お酒は飲むしタバコも吸うし暴言も吐くし、厨二病真っ盛りな感じなんだよね。今、日本で読めるのは二冊あって野崎孝訳の『ライ麦畑でつかまえて』と村上春樹訳の『キャッチャー・イン・ザ・ライ』。僕が読んだのは村上春樹訳の方で結構独特な書き方をする。
ちぐのさん
そんな癖の強いホールデンにはホールデンの考えがあって、優しい面もあるし、喧嘩も弱いし、ただ単に何もかも気に入らないっていうわけじゃないっていうのがこの少年の魅力的な部分。読んでいてなるほどなーと思うことも多々あって、昔はそれがなんか鼻についてどうしてもこの小説を受け入れられなかったんだけど、ある程度、僕も歳を取って色々な経験をしてさ、この少年の言い分も受け入れられるようになって来たんだよね。そうなると、まぁ、中々読んでいて楽しい小説になってきたわけだよ。
野口明人
とりあえず、昔の僕が書いた感想をちょっと転載してみよう。

村上春樹の翻訳した『The Catcher in the Rye』を読んだ。

ライ麦畑で捕まえては傑作なのか?

はっきり言うと、好きじゃない。何が好きじゃないかと言われれば、自分でもはっきりとはわからないのだけれど、主人公の性格が嫌いなのか、この文体が嫌いなのか、とにかく読んでいていけ好かなかった。

前評判としては、『ライ麦畑で捕まえて』は青春小説として傑作だと言われていたのだけれど、とにかくこの主人公の感じがどうも自分には同調できなかった。

アマゾンには何百ものレビューがあったので、ちょっと読んでみると、歳を取ればとるほど読み返したくなる本なのだそうだ。

僕にはまだ理解出来ない領域なのかもしれない。

村上春樹はとても好きな作家なのだけれど、この作品は好きではなかった。この作品の原作が悪いのか、それとも翻訳の仕方が僕には合わなかったのか、それを確かめるためには野崎孝の翻訳のほうも読んでみないとダメだな。

ただ、こんなに文句を言っているけれど、気に食わないだけで、読み辛いわけではないです。するする読めます。そこはストーリーの面白さなのか、文のリズムなのか、流石でした。

この話はつまり、少年なりの大人社会への批判を黙々と語っていくストーリーで、はみ出し者の叫びなんだけども、ここでまたアマゾンのレビューを読んで気が付いた。

僕がどうもいけ好かないのは、同族嫌悪というやつなのだ。

僕もこの主人公が語っているような事を考えていたりした。若い時に誰もが抱く、不安や新しい世界への批判などがザクっと胸をえぐるように描かれている。

そう考えると、J.D.サリンジャーという作家は流石で、この作品が傑作と言われるのも、そうそう否定は出来ないなと思った。

そんな感じで、昔の事を思い出しながら読んでみると、もしかしたら涙を流せる作品なのかもしれません。

ちぐのさん
…と、まぁこんな感じの感想を抱いたわけ。んで、7年経って内容も忘れていたしどういう感じで終わるのかも忘れていたから、もう一度読み直してみようと思ったんだよね。結果的に、「な、なんだ。こんなにおもしろい本だったっけ!?一体この本の何が気に食わなかったの?同族嫌悪?僕ってこんな事考えていたっけ?」という感じだった。人間の考え方なんてその時の感情などで変わるからね、僕も結構適当だよね。
野口明人
ホールデンは過去に何度も学校を退学になっている。そして今回も案の定、学業不振で退学になっちゃってさ、学校の寮を出る前に自分のよく知っている女の子とデートしたルームメイトと喧嘩してボロックソに殴られたり、昔付き合っていた女の子と会って変な感じで別れたり、頭だけがいい同級生と話をして毒づいたり…。
ちぐのさん
あとはそーだな。自分の中で中々気に入っていた先生の家を訪ねて泊めてもらい、ベッドでウトウトしていると、先生が頭をなでてきて、その行為をゲイだと過剰反応したり、痛く気に入っている妹のフィービーにこっそり会いに行ったりだな。
野口明人
ま、実際さ、この小説にストーリーなんてものはほとんどなくてさ、学校から家に帰るまでに色々なやつとあって、色々な事を思うってだけのストーリーなわけだ。この出来事をつらつら並べてみても一体なにが面白いんだって思うかもしれないけど、この作品の魅力はその都度出て来るホールデンなりの解釈なわけ。
ちぐのさん
なんというか、かなりひねくれてはいるんだけど、聞き流すことも出来ない話って感じかな。例えば死んでしまった弟のお墓参りする時にさ、雨が二度ほど降ってきたんだそうだ。お墓には弟が眠っているとか考えている大人たちが一斉に弟をほったらかしに車に駆け込んでどこで食事する?とか会話しているのをホールデンは弟のお墓に雨が降り注ぐのを見て聞いているわけだよ。お墓参りなんてものは、弟のためじゃなくて自分の為にしているんだよな、とか言うのを聞くとさ、確かになーとか思っちゃうわけ僕は。
野口明人
すべての事に退屈な人間だけど、口笛だけはやたら上手い友達の話とか、飛び降り自殺した同級生に誰も近寄らなかった中で一人の先生だけがすぐに駆け寄って対処したとか、ひとつの出来事から過去を思い出して色々講義をしてくれてね。時間軸があっちこっちに飛ぶから中々読みにくい形だとは思ったけど、不思議とスルスルと読めるんだよね。それはやっぱり7年前も感じてたけど流石と思うね。サリンジャーなのか、村上春樹なのかわからんけど。
ちぐのさん
あ、あとはライ麦畑でつかまえてっていうのは、イメージとして、あははー、捕まえられるものなら捕まえてごらーんってお花畑で走っているカップルみたいなのを想像したんだけど、全然違う。何をしても満たされないホールデン。大人がやることなすこと欺瞞に満ちている気がして受け入れられない。そんなホールデンにも大切な存在だったのが妹のフィービー。
野口明人
ホールデンは両親に気づかれないように家に忍び込み、フィービーに街を出ていくことを告げるんだけど、その時にフィービーはこんな事を聞く。結局兄さんは何になりたいの?と。そこでぐでんぐでんに酔っ払っていたホールデンは一生懸命考えながら、ライ麦畑で遊んでいる子供達が、崖から落ちそうな所をキャッチする仕事をしたいと言うわけ。そのエピソードをちょっと引用しよう。

でもとにかくさ、だだっぴろいライ麦畑みたいなところで、小さな子ども達がいっぱい集まって何かのゲームをしているところを、僕はいつも思い浮かべちまうんだ。何千人もの子どもたちがいるんだけれど、他には誰もいない。つまりちゃんとした大人みたいなのは一人もいないんだよ。僕のほかにはね。それで僕はそのへんのクレイジーな崖っぷちに立っているわけさ。で、僕がそこで何をするかっていうとさ、誰かがその崖から落ちそうになる子どもがいると、かたっぱしからつかまえるんだよ。つまりさ、よく前を見ないで崖の方に走っていく子どもなんかがいたら、どっからともなく現れて、その子をさっとキャッチするんだ。そういうのを朝から晩までずっとやっている。ライ麦畑のキャッチャー、僕はただそういうものになりたいんだ。たしかにかなりへんてこだとは思うけど、僕が心からなりたいと思うのはそれくらいだよ。かなりへんてこだとはわかっているんだけどね。

引用:「キャッチャー・イン・ザ・ライ」スコット フィッツジェラルド著,村上春樹翻訳(中央公論新社)

ちぐのさん
それがこの本のタイトルになっているんだね。ま、キャッチャー・イン・ザ・ライを直訳すると“ライ麦畑の捕手”ってなるんだけどね。ん?一体何の話!?って思うけど、きっとさこれはホールデンの願望なんだと思うんだ。ホールデンがなりたいのは“ライ麦畑の捕手”。ホールデンは色々な人びとが気に入らなくて、適応出来ない。結果的に色々な事に文句を言ってさ、大人たちを否定する。
野口明人
でも本当は何をやっても失敗してしまうホールデンをさ、崖から落ちそうになったら、大人たちが救ってくれないかな。そんな大人がいたらいいなっていう望みの話なんだと思うんだよ。だから野崎孝はわざと『ライ麦畑でつかまえて』という誤訳とも取れる訳にしたんじゃないかな。ホールデンの願望を表したものと解釈して。
ちぐのさん
豆知識としてこの『キャッチャー・イン・ザ・ライ』は元歌があってさ、ロバート・バーンズが歌う“Comin Thro’ The Rye”という曲の中でIf a body meet a body Comin’ through the ryeという一節があるんだけど、それを主人公はIf a body catch a body comin’ through the ryeって勘違いしていたんだよね。ライ麦畑で出会ったらという所をライ麦畑で捕まえたらってね。そこから酔っぱらいの妄想が始まって、あんな仕事を妄想したわけだ。ライ麦畑で崖で遊ぶ子供を救う仕事。…そんなのあるのかよ、おい!って感じだけど。
野口明人
あとはあれかな、もしかしたら野崎孝はダジャレのセンスがあって、ライ麦畑で「捕」まえ「手」って言いたかったのかな。どちらかと言うとホールデンの願望だったと思いたいんだが…。
ちぐのさん
ま、こんな中身が伝えにくい話を聞いてもつまらないだろうけどさ、興味が湧いたらAmazonのレビューみたり、Wikipediaで調べたりしてみてよ。この小説の良さは読まない事にはわからない系の作品だけど、そうだからこそ色々と評価の分かれる作品だからレビューを読むだけでも面白いと思うな。

…そんな事を『キャッチャー・イン・ザ・ライ』について爪楊枝でパズルしながら、カフェで話すと思います。

『キャッチャー・イン・ザ・ライ』で気に入った表現や名言の引用

何はともあれ十二月のことだから、あたりは魔女の乳首みたいに冷え込んでいた。

教師ってのが一度何かしようと心に決めたら、それを阻止する手だてはないんだ。何を言ったところで、連中はとにかくやりたいことをやるんだから。

僕が本当にノックアウトされる本というのは、読み終わった時に、それを書いた作家が僕の大親友で!いつでも好きなときにちょっと電話をかけて話せるような感じだといいのにな、とおもわせてくれるような本なんだ。

人に信用してもらうのは、簡単じゃない。

誰かに何かをプレゼントされると、ほぼ間違いなく最後には哀しい気持ちになっちゃうんだよね。

さあいよいよここともお別れということになり、鞄やら何やらをそっくり持ったとき、僕はしばらく階段の降り口に立って、これが最後という事で廊下を見わたした。それで僕はなんだか泣いちまったんだよね。どうしてだろう。よくわからない。

いい声だった。というか、電話で聞くと映えるタイプの声だね。こういう人は常に電話を持ち歩いてるべきなんだよ。

おおよそ世界中の母親ってのはさ、自分の息子がどれくらいすごい大物かって話を聞きたくてしょうがないんだよ。

すごく堂々としているんだけど、いい意味で堂々としているんじゃない。はりぼてみたいな感じで堂々としているんだ。

だいたいさ、酒も頼まず、酔っぱらいもせず、長いあいだ素面で座っていられるナイトクラブなんて、世の中にひとつもないんだ。君を本格的にノックアウトしちまうような女子と一緒なら話はまたべつだけどさ。

肉体的なことはべつにして、とにかく僕らはいつも一緒にいた。ひとりの女の子を知るってのは、セックスとは無関係だってできることなんだ。

でもピアノの演奏はすごいんだよ。あまりにも見事な演奏なんで、ほとんど陳腐に感じちゃうくらいなんだ。

でも殴り合いをするとしていちばんおっかないと思うのは、相手の顔なんだよ。

女の体というのはバイオリンのようなもので、それを弾きこなすには名人の手が必要なんだ。

お金っていやだよね。どう転んでも結局、気が重くなっちまうだけなんだ。

だいたい僕は俳優ってのがちっとも好きじゃないんだ。彼らは生身の人間みたいに振る舞わない。生身の人間みたいに振る舞っていると自分で思いこんでいるだけだ。

もうすぐクリスマスが来るというような雰囲気じゃまるでないんだよ。いつまでたってもなんにも来ませんっていう雰囲気なんだ。

この博物館のいちばんいいところは、なんといってもみんながそこにじっと留まっているということだ。誰も動こうとはしない。君はそこに何十万回も行く。でもエスキモーはいつだって二匹の魚を釣り上げたところだし、鳥たちはいつだって南に向かっているし、鹿たちはいつだって溜まりの水を飲んでいる。素敵な角、ほっそりしたかわいい脚も同じ。おっぱいを出したインディアン女はいつだって同じ毛布を織っている。みんなこれっぽっちも違わないんだ。ただひとつ違っているのは君だ。いや、君がそのぶん歳をとってしまったとか、そういうことじゃないよ。それはちょっと違うんだ。ただ君は違っている。それだけのこと。

退屈な人間ってのはそもそもよくわからないものなんだ。というようなわけで、もしどっかの素敵な女の子が見るからに退屈な男と結婚したとしても、それほど気の毒に思ったりするべきじゃないのかもしれない。そういう連中は、というかそのほとんどは、たぶん誰かを傷つけたりすることもないだろう。それに彼らは実を明かせばみんな口笛吹きの名人だったとか、そういうことなのかもしれない。本当のところって外から見るだけじゃわかりにくいものなんだよね。

デートの相手が待ち合わせの時間に遅れて、男が街角に立って仏頂面をしている漫画が「サタデー・イブニング・ポスト」なんかによく載ってるけど、ああいうのって嘘っぱちだね。やってきた女の子が目が覚めるようなルックスだったら、多少の遅刻なんて誰が気にするだろう?

つまりさ、その家族の誰かが死んじまったところで、僕としちゃべつにどうってことないんだ。結局のところみんな俳優が演じているわけだからさ。

つまりさ、君が何かをあまりにも良くできるようになるとだね、自分でよほどよく注意をしていないかぎり、ついついそのうちに、これ見よがしなことをやり始めちゃうわけだ。そうすると君はもうそんなに良くなくなっちまってる。

問題はさ、女の子っていうのは、相手の男がいったん気に入ったら、そいつがどんな下らないやつだったとしても、「あの人にはコンプレックスがあるだけなのよ」で片づけちゃうし、いったん気にくわないとなると、どんなにいいやつであっても、またどれほど大型のコンプレックスを抱えていたとしても、「あの人はうぬぼれ屋なんだから」となっちまうわけだ。頭のいい女の子だって例外じゃない。

インチキくさい映画を見ておいおい泣いているやつなんてさ、十中八、九まで実は根性曲がりのカスなんだ。嘘じゃないぜ。

兄のDBはなにしろ四年間も軍隊に入っていた。戦場にも行った。Dデイに敵前上陸もきた。でも彼は戦争よりも軍隊のほうをより憎んでいたと僕は真剣に思うんだ。

いずれにせよ、原子爆弾なんてものが発明されたことである意味では僕はいささかほっとしてもいるんだ。もし次の戦争が始まったら、爆弾の上に進んでまたがってやろうと思う。僕はそういう役に志願しよう。ほんとに、真面目な話。

この男は君の私生活のすごくプライベートなところまで、君にしっかりしゃべらせちゃうんだ。ところが君が彼に対して何か彼のプライベートなことを質問したりすると、ご本人はとたんに不機嫌になっちまう。こういう知的な連中ってのは、自分が上に立って仕切っているんじゃないかぎり、知的な会話をしたがらないんだよ。彼らは自分が静かにしているときには、君にも静かにしてもらいたいわけだ。自分が部屋に引っ込むときには、君にも自室に引っ込んでほしいんだ。

やれやれ、一度死んじまうとさ、君はひとつところにがっちり閉じこめられちまうんだ。僕は実につくづく思うんだよ。もし僕が真剣に死んじまったら、誰かが遺体を川にどぶんと放り込んだりしてくれないものかってさ。良識ってのはそういうものだぜ。何をされてもいいけど、ろくでもない墓地に押し込められるのだけはまっぴらだね。日曜日になるとみんながやってきて、きみのおなかの上に花束やらその手のろくでもないものを置いてったりするわけだ。まったくもう、死んでいる人間が花をありがたがるもんかい。冗談じゃないよな。

アリーの嘘くさい墓石にも雨が降ってたし、彼のおなかの上に生えている草にも雨が降っていた。そこいらじゅう全部に雨が降っていた。墓参りに来てた人たちはみんなあわてて自分の車の方に走っていった。そういうのってないだろうと、僕はつくづく思うんだよ。墓参りに来ている連中はみんな車の中におさまって、ラジオなんかつけて、それからどっか洒落た店に行って夕食を食べるわけさ。アリー以外のみんなはってことだよ。僕にはそういうことがとことん納得できないんだ。

君はただ意味不明なことを口にすればいいんだ。そうすればみんな君が望んでいることを、ほとんどなんだってやってくれるわけさ。

「死んでるってことはわかってるよ! 僕がその事を知らないとでも思っているのか? それでもまだ僕はあいつのことが好きなんだ。それがいけないかい? 誰かが死んじまったからって、それだけでそいつのことが好きであることをやめなくちゃいけないかい? とくに、その死んじゃった誰かが、今生きているほかの連中より千倍くらいいいやつだったというような場合にはさ」

僕が言ったことをフィービーが理解してくれたのかどうか、それはわからなかった。なにしろまだ小さな子どもなんだものね。でも少なくとも黙って僕の言うことを聞いてくれていた。何はともあれ君の話にちゃんと耳を傾けてくれる相手がいるってのは、嬉しいことだよね。

でも僕が言いたいのはですね、なんていうか、いったん話を始めてみるまでは、自分にとって何がいちばん興味があるかなんて、わからないことが多いんだってことなんです。それほど興味のないものごとについて話しているうちに、ああそうか、ほんとはこれが話したかったんだって見えてきたりするわけです。

人っていうのはだいたいにおいてさ、君が今は話なんかをしたくないなと思うときにかぎって、議論に熱が入ってくるものなんだよね。

引用:「キャッチャー・イン・ザ・ライ」スコット フィッツジェラルド著,村上春樹翻訳(中央公論新社)

『キャッチャー・イン・ザ・ライ』は↓こんな作品や世界観が好きなあなたにおすすめ。この小説を読んでいる時にパッと思い浮かんだ映画・小説・漫画・アニメ・テレビドラマ、または音楽など

ちぐのさん
とりあえず青春という言葉で連想したものを選びました。雰囲気もちょっぴり違うし、この作品に比べしっかりとストーリーもあるので似ているという事はないんですが、なんとなくこの雰囲気が好きだったら『キャッチャー・イン・ザ・ライ』も好きなのではないかと。

『キャッチャー・イン・ザ・ライ』のような小説が好きなあなたに、ぜひ次に読んで欲しい小説はズバリ…

野口明人
野崎孝訳の『ライ麦畑でつかまえて』を挙げて訳の違いを楽しむというのでも良かったのですが、それだと芸がないので、有名作品から『アルジャーノンに花束を』を推奨しておきます。大学の時に洋書を買って、文章に誤字があるという表現に気がつかず辞書に載ってねーよこの単語!と挫折した記憶のある作品です。翻訳された作品を読んで、あー、なるほどこういう事だったのかとわかったらスラスラと読むことが出来、最後はなんとなく泣きました。ホールデン・コールフィールドとはまた別の向きの魅力を持った主人公の作品で結構好きです。また読んでみようかな。

まとめ

僕が若い頃は小説を読む時は赤ペンと定規を持って気になった表現は線を引きながら読むという事をやっていたのですが、結局のところ、もう一度読み返すという事をせずに線を引いたまま本棚で眠っているという事が多かったのです。今回こうやって読み返してみると、昔の僕が線を引いた所が今の感性とは全く違っていて、それを追っていくのも楽しかったです。

本って映画に比べて時間がかかってしまうものなので何度も読むっていうのが難しいとは思うのですが、やっぱり読む度に新しい発見があるというのは面白いですね。自分の成長というか変化というのをまじまじと感じさせられます。

人間は常に一定ではない。どんなに悩んでいても、あとで振り返ってみると大した事がない事だったり、逆にあれだけ感動したものが今となっては心動かなかったり。だからこそ今一瞬を一生懸命生きる事が大切なのだと思いますが、この主人公のホールデン・コールフィールド君もきっと、大人になってからこの頃を振り返ってみると、え?これって本当に俺?って思うものなんでしょう。

作品の最初と最後じゃ、一日しか経っていないのに、なんとなくホールデン・コールフィールド君から感じ取れる雰囲気も違っていますし。若い頃は日々激動の連続なんですね。あぁ。昔の若い頃、僕が不満に思っていた事は今となっちゃ、なぜあんなに熱くなっていたのか、もっとスマートな対処法があったに違いないのに。ま、でもあの頃の僕がいたからこそ今の僕が形成されているわけで、ありがとう昔の自分。

この本を読んでいる時は、崖から落ちそうな子供を助ける職業なんてあるもんかい!とツッコんでましたが、実際にあったら、僕もきっと一日中それをやって、飽きもせずニコニコしている気がします。いいなぁ。そういう仕事。ライ麦畑なんて行ったことないけど。

ではでは、そんな感じで、『キャッチャー・イン・ザ・ライ』でした。あまり先入観を持たず読むのが良いと思います。きっと期待しすぎた昔の僕はハードルをあげすぎた気がしますので。それもあって、今回はハードルが下がっていたのもあって、良い作品だと感じたのかも…。

Amazonで『キャッチャー・イン・ザ・ライ』のレビューを見てみる

にゃんこ先生
ライ麦パンって美味しいよにゃ。久々にパンでも食べるかにゃー。
キャッチャー・イン・ザ・ライ
  • 78%
    読みやすさ - 78%
  • 69%
    為になる - 69%
  • 73%
    何度も読みたい - 73%
  • 71%
    面白さ - 71%
  • 81%
    心揺さぶる - 81%
74%

レビューまとめ

改めて小説というものが自分のその時の感情に左右される事を知りました。共感出来るかどうかって、その時どう思っているか、どう感じているかが大きいですよね。経験も含めて。そう思うと、僕も色々と経験を重ねてこれたのだな。やっとこの小説の良さを理解出来た気がします。価値がわかるという事は素晴らしい事だなぁ。

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